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HOME 野田道場開き及び昇級を祝う会
鵠志メイル1号 平成16年忘年会
鵠志メイル2号 写真1
鵠志メイル3号 写真2
鵠志メイル4号 メールフォーム
鵠志メイル5号 掲示板
鵠志メイル6号 メーリングリスト
鵠志メイル7号 平成17年総会写真集
鵠志メイル8号 谷佳樹さんを囲む会
鵠志メイル9号  
new鵠志メイル10号  
平成2年YS科卒尾上信吾さんより写真を頂きました
※17年総会の原画写真をご希望の方はここからダウンロードできます。
  第4号 平成14年4月1日発行
現役諸君が全日本理工科学生制覇
今年は創部50周年・創部50周年おめでとうございます
記念式典、パーティで懐かしい仲間に会おう
 
理事長  古川喜代志
   

東京理科大学柔道部は平成13年で創部50周年を迎えました。その記念事業として14年7月6日の総会時に記念式典とパーティの開催を計画しおります。会員諸氏とこぞってこの記念式典、パーティを祝い、懐かしい仲間との再開を喜びあいたいと願っております。第二次世界大戦の終結以降、6年にわたり連合軍の占領管理下にあった日本も、昭和26年(1951)9月8日のサンフランシスコ講和条約により、独立国の仲間入りができるようになりました。あの厳しかった時代から、いくらか明るさと、立ち直りの気運が感じられる時代となったわけです。その頃ようよう中学、高等学校における柔道部も認められるようになりました。私もそれまで町道場でのみ稽古していましたが、高等学校の柔道部として、仲間と集って警察署の道場へ稽古に行くようになったのを記憶しています。とは言っても、まだまだ衣食を満足に得ることが困難な時代であり、月賦で稽古衣を買ってもらい、それを着て念願の柔道の稽古ができるようになったことが何より嬉しかったのを覚えています。そんな時代、昭和26年に東京理科大学においても何人かの先輩がご苦労の末、柔道部を創設されました。まだまだ貧しい時代でしたから、部として認可されるために必要な部員数を確保するのも御苦労があったようです。当初は神楽坂警察の道場で稽古したともお聞きしています。それ以降50年を経て、450名以上の部員がここで友を得て、良いことも悪い事も覚え、切磋琢磨し、巣立って行きました。卒業以後の自分の生き方、価値観等を振り返って見ますと、やはり、その多くは理大柔道部時代にその原点があるように思います。もし私が柔道部で師範や先輩の薫陶を受けることなく、また諸氏と切磋琢磨することが無かったら、私の人生は間違いなく別のものとなっていたでしょう。私は理大柔道部で青春時代の一時期を過ごせたことに大変感謝しております。私と同じような思いをお持ちの卒業生諸氏は多くおられることでしょう。50ねんにわたり、わが柔道部が450名以上の仲間を輩出し続けてきたことは大変喜ばしいことであります。 パーティでは懐かしい顔に出会えるでしょう。先輩のお話を通して昔の理科大学や柔道部を実感できるでしょう。また現役部員の話を聞き、理大柔道部で過ごした青春時代を偲び、血が躍る思いもできます。会員諸氏に奮って記念式典、パーティにご参加いただき、さらにこれから後の50年の理大柔道部および鵠志会の発展につながるような50周年記念式典、パーティになるよう皆様の御協力をお願いいたします。

 
平成13年度総会開催パーティーは優勝祝賀会に

 平成13年度鵠志会総会・パーティーは7月7日(土) に東京理科大学神楽坂校舎1号館17階大会議室で開 催されました。総会では現役とOBの連帯感の強化、会員相互の親睦と助長を確認し将来の鵠志会発展の為の専門部会の発足等の報告がされました。パーティーに先立ち千葉工業大学教授の肝付邦憲先生(37年K科卒)が「社説を読もう」の演題で特別講演をして下さり、その後現役諸君と共に、全日本理工科学生柔道優勝大会の初制覇を当日のビデオを見ながら祝いました。

 

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悲願の初優勝、学長賞受賞

現役諸君の快挙に対し鵠志会より記念アルバム(下記)を贈呈し健闘を称えました。又、大学より平成13年度学長賞を頂きました。

出場選手

松田尚貴 楠田真悟 高橋政典 村山暁洋 猪又 亮 小室真吾 大島康宏

顧  問
浅部貴博(神楽坂) 森地重暉(野田)
監  督
金子 邦男
監督代行
藤巻 敏光

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東京理科大学T部体育局柔道部優勝を飾る

6月24日(日)に講道館大道場で開催された「第42回全日本理工科学生柔道優勝大会(全日本理工科学生柔道連盟主催23大学27チーム、1チームは選手7名、監督1名で編成)」において、優勝戦で同一大学同士の東京理科大1部ー同2部戦となったが、1部柔道部が見事優勝を飾った。本大会は第一回大会が関東理工科大会として昭和35年6月12日に武蔵工業大学道場で11大学(11チーム)出場の下に開催されて以来{第2回大会昭和36年6月)は本学神楽坂道場にて開催、第9回大会から東日本理工科大会へ、さらに第13回大会からは全日本理工科大会へと発展を遂げ}、今年で第42回大会を迎える歴史と伝統を誇る、理工科系学生にとって唯一の全国規模の学生柔道大会である。1部柔道部は、故恩田東周師範(講道館8段)の指導の下に関東理工科学生柔道連盟創設に携わり、第1回大会以来連綿と毎回参加し続けて(過去に第19回大会(昭和53年6月)で準優勝、第3位が9回}、今回ここに宿願の初優勝を飾ることができて関係者一同誠に喜ばしいかぎりである。これは、理工系学生のサークル活動に宿命とも言える部員の減少や時間的制約を克服して、部員一人一人が寸暇を惜しんで、金子邦男監督(講道館6段)の下に稽古に励んだ賜物であり、部員諸君の快挙には心から敬意を表したい。いま、1部柔道部に新しい伝統が生まれたわけで、後輩部員には、これを受け継ぎさらなる発展・跳躍を期待したい。


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平成13年度試合結果
藤巻監督代行(56年理PH科卒)
第40回関東四校戦

理科大

4−0国士舘大工学部
理科大
3−2東洋大工学部
理科大
5ー1日本工業大学
理科大
6−1芝浦工業大学
 
第42回全日本理工科学生柔道優勝大会 初優勝
2 回 戦 理科大
4−0国士舘大工学部
3 回 戦 理科大
2−2日大生産工学部(内容勝ち)
準決勝 理科大
4−0日本工業大学
決 勝 理科大
4−0理科大二部
第20回正力杯予選 2名2回戦進出
 
第15回関東近県クラブカップ柔道大会
理科大Aチーム3位
 
第33回東京理工科四校戦 準優勝
 
第43回東京学生柔道二部優勝大会 ベスト8
1回戦 理科大
3−2高千穂大学
2回戦 理科大
5−2二松学舎大学
3回戦 理科大
1−5創価大学
 
第50回新宿区民柔道大会
二段の部      準優勝 村山 暁洋
初段重量級の部   優  勝 大島 康宏
第41回関東理工科四校戦 優勝
理科大4
−2東洋大工学部
理科大4
−2芝浦工業大学
理科大4
−1日本工業大学
第20回関東近県体重別個人戦
無差別級 3位 長谷川 哲
90kg級 優勝 大島 康宏
81kg級 優勝 村山 暁洋 3位 川島 洋平 3位 山崎 洋一
73kg級 3位 小室 真吾
今年度の大会結果で特筆すべきはなんと言っても全日本理工科学生柔道優勝大会の初優勝です。対日大生産工学部の試合だけは内容勝ちでしたが、それ以外は決勝戦まで圧勝でした。昨年まで41回の挑戦で成し遂げられなかった優勝が実現できたのです。優勝の瞬間を思い出すたびに感動を新たにします。また、東京学生二部柔道優勝大会においても2年連続ベスト8になりました、かつての雄、拓殖大や駒沢大などが参加している大会でこの成績は自慢できると思います。学生たちの練習に取り組む姿勢は真面目であり、14年度の試合も期待できます。ぜひ、試合に、また練習にと後輩対を激励に来て下さい。
 
今回の優勝に思う 野田顧問   森地 重暉

今年度の理工系大学柔道優勝大会の優勝には大いなる祝意を示したいと思います。元々、柔道とは無縁の私が顧問とさせていただいたのは小原先生に端を発します。1988年の6月に私の研究室の突然おいでになって顧問の就任をお願いされました。小原先生は私の本学への赴任時直後の1975年以降、理工学部長をされていて、業務に熱心な先生という印象を受けました。何故、先生が突然に来室されたか不思議に思いましたが、、そのお願いだったのです。断る理由もありませんでお引き受けしました。 金子監督は教務関係でお世話になっていました。恩田先生には、種々、柔道の話を教えていただきました。その翌年、第30回の理工系大学学生柔道優勝大会があり、恩田先生は名誉会長で、先生のご尽力でこの大会が発足したことを知りました。十年後、私が大会会長の役を引き受けるとは思いませんでした。顧問になってから、種々の対抗試合や合宿に参加しました。鏡開きもできるだけ参加したと思います。鵠志会のことは当初知りませんでした。何時のことだったか、橘高先生や池田先生がおいでになったことを思い出します。本学の数学科卒業の愛川詩織さんが歌手としてこれからご活躍されるとのことで先生方も期待されているとのことでした。鵠志会には第40回の理工系大学優勝大会の折りにお世話になりました。会員の浅部先生とは、後に顧問で御一緒していただきました。元々、柔道で伸びていこうという学生と違って理工系の学生の柔道でのレベルには上限があると思います。私の印象では理工系の学生に限っても、芝浦工大、日大、電大、日工大には強い選手がいました。理科大の選手はそれらの選手をこえて優勝までは難しいのではと思っていました。その思いは第38回の大会で3位になった時に崩れました。翌年には、2部が準優勝となり、いつか快挙があるかもしれないと思いました。高等学校のときまでに二段にもなった学生が多く入って互いに磨き合えば、多の学生も励みになり今回のような優勝につながると思います。第41回の大会では、理科大1部が優勝、2部が準優勝になり喜ばしい結果でした。直接指導された金子監督、藤巻先輩には大きな喜びであったろうと思います。恩田先生がご存命だったら大いに喜ばれたと信じます。しかし、これから後には、試練が待ち受けます。他大学からは、標的にされます。より一層の精進を期待します。関係者皆々様に感謝し、学生諸君のより一層のご健闘をお祈りします。終わりに、鵠志会のより一層のご発展をお祈りします。

 
I部体育局柔道部、栄光の学長賞受賞 神楽坂顧問浅部喜博(38年K科卒)
3月13日水午後時から、I号館17階記念講堂において、平成13年度学長表彰式が開催された。学長賞・団体の部で、舞踏研究部と我が柔道部が選ばれ、I部柔道部は、「第42回全日本理工科学生柔道優勝大会・初優勝」の活躍に対して、代表した神楽坂地区松田尚貴、野田地区斉藤仁両君に岡村新学長から賞状と盾が授与された。その後、会場を出版クラブ会館に移して祝賀会が開かれ学長、各学部の学部長、学生部長、受賞サークルの顧問・コーチ・監督並びに学生課・事務職員と受賞サークル部員など多数の関係者が参加して受賞の喜びを分かち合った。この度の柔道部の受賞に立ち会い、最前列に着席した部員諸君の晴れがましい姿に接し、顧問として誠に喜びにたえませんでした。これは部員一人ひとりの日頃の精進の賜物であり、素晴らしい成果を上げた部員諸君に心から敬意を表します。来年度も益々の活躍を期待します。更に、日頃の柔道部部活を支えて下さっている鵠志会の皆様に対しても厚く感謝致します。
 
卒業生を祝う会兼忘年
昨年の12月1日(土)に表参道の「レストランテコルレオーレ」で卒業生を祝う会兼忘年会を卒業生と現役の新役員を招待して行いました。まだ就職が決まっていない卒業生もいてOBから厳しくも暖かい言葉が贈られました。こんな時代だからこそ、理大柔道部の精神を発揮してたくましく船出して欲しいものです。

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新役員候補の御紹介  
現役員の任期満了に伴う新役員候補の皆さんを御紹介致します。役員選出委員により選出され、4月の常 任理事会で互選されました、7月の総会で審議されます。 理事長候補の鈴木さんのプロフィールです。
@氏     名 鈴木幹久(スズキモトヒサ)
A出 身 校 私立暁星学園高等学校(S33年卒)
東京理科大学理学部化学科(S38年卒)
B柔 道 暦 講道館4段、国際武道院6段
C職     歴 日本油化工業且謦役社長、日本醗酵飼料且譁社長、三酵物流且謦役会長
D会社住所  神奈川県川崎市川崎区池田1-5-4TEL044(233)3671
その他に副理事長候補として坂本充(44年E科卒)、福原清二(46年野AR科卒)、柳川昌徳(49年野AR科卒)。 会計監査として鈴木隆雄(36年B科卒)の方々が上がっています。
 
春の鎌倉 ゴルフだより
坂元充(44年E科卒)
あちこちにみえる桜が印象的で心地好い春燗漫の素晴らしい時期と鎌倉という好立地に全員張り切ってティアップ。結果は別表の通り。優勝は新進気鋭の入澤君。ハンディも次回用に見直しました。次回も多数の皆さんの参加を希望します。というわけで、和やかなうちに無事終了しました。今回特にめんどうみて頂いた望月さんに感謝感謝。最後になりましたが、古川理事長に持ち回りようのりっぱな優勝カップを頂いた事をご報告します。有難うございました。

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過去への挑戦 清水建設設計本部主席設計長木内 修(46年野AR科卒)

時の流れは早いもので、大学を卒業して早くも三十年が過ぎた。その問、建築の設計を専門とし、その大半は日本の伝統建築の設計に費やしてきた。日本建築は明治に至るまで木造で終始し、その技術は世界で最も優秀であると言われ、最近では地球環境に優しい長寿命化工法として注目されている。しかし、今日では堂宮大工をはじめとする職人の存続がむずかしい時代であり、また大学でも伝統木造を教えるところはない。そこで、このような時代に伝統木造を正しく造る手立ては何かを考えながら研究・開発を続け「現代の先端技術による伝統の創造」をテーマに作品を創ってきた。最近の代表作として、早稲田の穴八幡宮随神門と伊勢神宮外宮神楽殿がある。穴八幡宮随神門は清水建設の創業者である初代清水喜助により嘉永二年(1849)に建てられ、先の東京大空襲で焼失していた建物の再建であったが、歴史的資料を尊重しながらも、現代に生きる人々にも美的感銘を与える建物をめざし、新しい道具とレてのコンピュータを駆使し伝統美の尖鋭化を図った。また、構造的な強さについては、現代の先端技術である耐震工学的な見地からの考察を試み、新たに耐震化伝統木造架構を考案し、実大実験により耐震性能を確認しながら創り上げた。外宮神楽殿は明治二十六年創建の旧神楽殿の建替えであり伝統の保持という観点から、 既存建物のイメージは踏襲しながらも、一方で、新 神楽殿としての独自の工夫を凝らし、現代的な要素 も取り入れて「新たなる伝統の創造」を図った。二つの建物とも「先端技術による創作」であるとの高い評価を受け、それぞれ、東京建築賞、中部建築賞 を受賞した。伝統建築の設計は, ただ過去の建物の模倣や保存に終わるのではなく、現代から過去へ挑戦し、真に今日でも本質的なものを継承し、伝統の技と現代の先端技術との融合により、現代に生きる建物として創造してゆくべきであると思っている。

オーストラリアと日本 赤穂成一(37年B科卒)

以下は昨年末編集委員会(柳川)宛に送られてきましたメールをご紹介します。現在の日本を外から見られた興味深い内容です。赤穂さん有難うございました。今年の日本の冬は寒いようですが、当地南半球の地SYDNEYではクリスマスが終了してから暑い夏が始まります。しかし日本の夏と異なり湿度が低いせいでしょうか太陽の日差しが暑くても日陰に行きますと涼しく、特に夕刻より大変涼しくなります。日本の夏のような寝苦しいと言う夜はめったにありません。貴兄も独立され設計事務所をひらいておられるのですね。わたしの経験より見ますと、独立して仕事をいたしますのは大変苦労も多いでしょうが、大変なやりがいがあります。私の場合は残念なことに志半ばにして、大病を患い昨年会社を売却いたしました。WESTERNの杜会では良いBUSINESSは人、設備などを含めて売買のSYSTEMがありますので大変助かりました。日本ではこうはならず自分が会社に投資したり銀行よりの借り入れも払えず倒産であったと思います。その意味では大変LACKYで会ったと思います。良く思うのですが、日本は優秀な人達は多く大企業へ入社して、そこで勤務を勤めあげてしまいますが、どうして独立していかないのでしょうか?アメリカもそうですがオーストラリアの場合は優秀な若い人ほど独立して会社を経営しています。ぞれらの、起業家が起こした会社が経済を押し上げています。また政府もSMALL BUSINESSに対する救済処置が完全に整っています。たとえば、それらの会社は必ずしも成功するとは限らないわけですから、その会杜に投資をする人が少ないわけです。その際は政府が積極的に介入して金利の補給や成功すると大変な償金を頂ける様になっています。又、それらの会社に勤務していた人達が完全に失業しても彼等が生活に困らないような対策も取られています。そして次の仕事が見つかるまで無期限に失業手当が支給されるようになっています。私も日本で失業や会社を経営した経験が無いのではっきりいたしませんが、多分無期限に失業手当をするようになってはいないのではないかと思います。オーストラリアヘ移住して20年になりますが、政治の面で日本と比べて、あまりの違いには少々驚きます。たとえぱオーストラリア経済は日本と異なりかなり活発です。これは4年前に労働党から自由党に政権が選挙によって交代しましたが、名前のように労働党は労働者の政党であり、福祉や労働者の保護を大きな政策の柱にしています。反面自由党は日本の自由民主党のような中産階級の政党です。ですから経済政策は労働者の保護より積極経済政策を基本しています。この自由党が政権と取ったとき積極的な解放政策を採り、海外から出来るだけ輸入税を撤廃して国内産業の保護よりも、安い商品を我々が購入出来る政策に変換しました。たしかに国内の産業はダメージを受けて、かなりの会社が潰れましたが、世界的な不況にもかかわらず経済が活発なのはこれらの政策のおかげと思います。オーストラリアに居住'して大変驚くことは、政権が変わると、新政権は前政権の政策を壊滅的なまで変換してしまします。どうもこれは日本の政治と違い前政権のrしがらみ」と断ち切ることを大きな柱にしているようです。ですからオーストラリアでは公務員は決して安定した職業ではありません。政権が交代しますと、末端の政府の職員まで首をきられます。そんなことをして政府の活動は不活発になるのではないかと心配しましたが、初めは少々ぎくしゃく」していますがその内に元と同じような活動を開始します。そして感心なことは野党は何時政権が交代してもよいようにSHADOW-CANINET(陰の内閣)を準備しており、選挙が終わったその日に内閣が成立するようになっています。日本のように組閣のさいに人事でもめて政治に空白を作らないSYSTEMです。多分これらは全てイギリスの方法を取り入れているのだと思います。それ等を比べると、日本の政治は大変遅れているように思うのは私ばかりではないと思います。日本の場合はあまりに自由民主党の1党が長すぎます。そのためにいろいろな、しがらみから抜け出せなくなった結果が今日の不況や問題点がでてきているのではないかと我々外部より日本を見ていますと良く理解できます。たしかに、今の民主党を初め野党に政権をさせるのは大変な不安があるとは思いますが、一度やらせてみることが大切で、わるければ其れこそみんなの参政権を執行して再び交代すればよいとおもいますし、日本人は自信を持って参政権を持って行くべきと当地の新聞の論説でも強調しています。それでは来る年もよろしくお願い申し上げます。

 

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柔道をやっていて良かった 鈴木隆雄(36B科卒)

昨年、現役のみなさんが頑張り全日木理工科学生柔道優勝大会で優勝したこと、さらにその決勝は理科大生同士の決勝であったことは、近来にない快挙で、さらに平成13年度の学長賞を受けられたこともうれしく思います。最近、柔道部の道場に顔を出したことはありませんが、自分たちと同じように道場で汗を流している学生諸君を想像すると、40数年前の学生時代のことが懐かレく、ペギー葉山の歌ではありませんが懐かしい友人たちの若々しい顔が浮かんできます。私は学校を卒業し、警察という杜会に入り犯罪捜査を支援する鑑識という分野で働きましたが、学生時代に柔道をやったということはいつも心の底にあり、何となく誇りに思っておりました。私たちの1年後輩の赤穂さんが現在オーストラリアにおられるそうですが、私も昭和43年のオーストラリアに日豪交換研究員で留学したことがあります。そのとき、体の大きなオーストラリア人に何となく圧倒されるようなことがありましたが、学生時代に柔道をやっていたことを話したところ、柔道が好きなオーストラリア人とすっかりうち解けて友人になりました。そのときは、日本の名誉のために(とても敵いそうもありませんでしたので)柔道はやりませんでしたが、当時の白豪主義の中では珍しく日本びいきの友人ができ、以来30数年つきあっており、今はその子供が成人して手紙のやりとりをしております。柔道は、自分の体や頑張り精神を作ると同時に、人の輸の広がりを作るのにも大いに役だったと思っております。

 
鵠志会よりの援助金の運用状況について
神楽坂顧問38K卒 浅部  喜博

我が柔道部は、本年度、第42回全日本理工科学生柔道優勝大会(6月24日)で悲願の初優勝を飾り、また、第43回東京学生柔道二部優勝大会(10月21日)ではベストエイト進出を、更に定期対抗戦や地区柔道大会などでも素晴らしい成績を上げることができました。これは部員の日頃の精進の賜物ではありますが、鵠志会の皆様の有形無形の援助に負うところが大きいものと思います。鵠志会の現役柔道部部員に対する援助金は、一括して私が預かり役員と相談しながら適便に部活に役立てることにしております。本年度も20万円を預かり下記の項目のように運用しましたので、皆様へのご報告労々、現役部員に成り代わって厚く御礼申し上げます。ご存じのように、部活には毎年、加盟連盟への登録料などが必要で、大学側からの課外活動助成金や試合等援助金など並びに部費を支私いに当てるわけです。最近は残念ながら、部員数が少ないために大学からの支給額が少なく、その分部員が負担する部費が嵩む一方となっております。そのような現状ですので、鵠志会からの援助金は部員の負担を大幅に軽減することになりまして、現役部員一同大変感謝致しております。運用項目の中で、東京都学生柔道連盟の分担金(年間10万円)につきましては、大学の助成金5万円と鵠志会援助金5万円で対処しております。会員皆様の貴重な援助金は部活に最大限、有効利用してゆく所存でおりますので、今後ともよろしくお願い申しあげます。

運用項目
2001年9月柔道部夏期合宿援助金
80,000
2001年10月東京学生柔道連盟分担金の一部として
50,000
2002年3月柔道部春期合宿援助金
70,000円
200,000円
イントラネットに登録しよう

鵠志会のインターネットサービスに登録しましょう。http://www.kokushikai.intranets.cojpにアクセスしますと登録のぺ一ジが出てきますので説明に従って各自空欄を埋めてみてください。(登録案内状が必要)吉田正克さん、根岸孝さん初め現在10名の方が登録されています。今後、ホームページ等も掲載してネット上で情報交換出来ます。(登録案内状は杉田克己さんへメールで依頼して下さい)今回は現役優勝や創部50周年の関係 もあり多数の記事を応募くださり有難うございました。これからも皆様の情報交換の媒体としてご意見やご指導を頂きより良い会報となる様努力して参りたいと思います。皆様の近況や原稿を下記までお送り下さいます様お願いいたします。

 

2002年度版鵠志メールに掲載する広告を募集中です。ご協カお願い申し上げます。……1口3千円志メイル編集委員会

柳川昌徳(49年野AR科卒)昌設計 TEL   04-7134-0486  FAX  04-7134-0484  E-mail  fwhv2512@mb.infoweb.nej

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